西武ライオンズが観客動員数を61%増できた理由~コネクテッドスタジアム化でさらなる進化を目指す~
埼玉県所沢市を本拠地とするプロ野球球団の西武ライオンズ。
同球団は現在CRM(Customer Relationship Managementの略称)に取り組み、観客動員数を伸ばし続けている。
また、ファンにストレスフリーな観戦体験を提供するための施策を推進中だという。
本記事では、同球団のマーケティングを担当する吉田康治氏にその詳細を聞いた。
※本記事は2019年3月1日にMarkeZineに掲載された記事を転載しています。 |
観客動員数の61%増に寄与したCRM
MarkeZine編集部(以下、MZ):西武ライオンズ(以下、ライオンズ)では、2008年からCRMに取り組んでいると伺いました。なぜ、CRMに着手されたのでしょうか。
吉田:2007年シーズンで観客動員数が大きく低下したのがきっかけです。その年の西武ライオンズの観客動員数は、109万人。プロ野球12球団の中でも最低の数字でした。この状況を是正すべく、ライオンズは2008年を改革元年と定め、球団改革を始めました。
株式会社西武ライオンズ 事業部マネージャー マーケティンググループ担当 吉田 康治氏
本拠地のメットライフドームは、首都圏から少し離れた埼玉県の所沢市にあり、私たちは親会社でもあります「西武鉄道」沿線を軸とする地域に密着した球団です。さらに、昔からファンクラブ(当時は〝西武ライオンズ友の会″)に支えられており、地域やファンの皆さまとの強い関係性がありました。これらを踏まえ、ファンクラブ会員のデータをもとにしたCRMをマーケティング戦略の中心と位置づけて推進いたしました。
CRMシステムの導入から約10年が経ちましたが、2007年以降観客動員数は右肩上がりで推移し、2018年のシーズンは観客動員数176万人と2007年比で61%増加しました。143試合の公式戦のうち71試合がホームスタジアムで行われていますが、26試合でチケットが完売という状況になっております。
観客動員数の推移
MZ:確実にCRMの成果が出ているんですね。具体的にどのような施策を行ったのか、教えてください。
吉田:行ったマーケティングコミュニケーションはとてもシンプルです。西武鉄道の車両広告をはじめ、駅やデパートのOOHなど、西武グループのネットワークを活用したプロモーションに加え、メールマガジンやSNSを通した情報発信を行いました。これらの施策の仮説・実行・検証に、CRMで得られたデータを活用しました。
たとえば、女性ファンを増やす施策は何年も続けていまして、CRMにデータを蓄積しています。過去の実績を分析し、仮説を立てて施策を実行、そして結果をもとに次に生かすというPDCAを回しています。
元々女性の観客者数は低い傾向にありましたが、2018年に行った女性ファンへレディースユニフォームをプレゼントする施策は、対象試合のチケットが完売という形で成功を収めました。
ストレスフリーな野球観戦を
MZ:現在スポーツ業界では、Wi-Fiやキャッシュレス決済の導入、大型モニターの設置など、テクノロジーを中心としたスマートスタジアム化の取り組みが進んでいます。その中で西武ライオンズは、playground社とコネクテッドスタジアム化を推進しているそうですね。
吉田:我々はスマートスタジアム化の中でも、観客の皆さまが野球観戦をする際のストレスを減らすための対策として、playground社の電子チケット発券システム「Quick Ticket by MOALA(以下、Quick Ticket)」などの新しいテクノロジーを活用しております。また、そのような新しいテクノロジーでファンの皆さまとつながっている状態を、playground社はコネクテッドスタジアム化の一つと定義されており、当社としても推進しております。
MZ:そのために、現在どのようなことに取り組んでいますか。
吉田:今一番注力しているのは、混雑の解消を目的とした施策です。特に、混雑が起きやすいのが、チケットの発券です。チケットの購入は、約6割がオフィシャルホームページ経由で、その他は外部プレイガイド、メットライフドームチケットセンターやライオンズストアとなっています。これらのチケットの多くは購入後コンビニや球場窓口での発券が必要でした。
MZ:ほとんどの方がオンライン決済をしているのに、入場には紙のチケットを発券する必要があるのですね。
吉田:その通りです。球場窓口での発券には手数料がかからない上に、選手デザインのチケットが発券できるメリットがあります。そのため、オフィシャルサイトで予約した方の多くが球場窓口で発券して混雑が起きる状況でした。この発券における課題を解決すべく導入したのがQuick Ticketでした。
リアルタイムマーケティングにも挑戦
MZ:電子チケットの利用状況はいかがでしょうか。
吉田:2017年にQuick Ticketの対応を開始しましたが、当初はオフィシャルページでオンライン決済をされた方のうち、1~2%が選択するという状況でした。しかし、キャンペーンなどを活用し継続的な利用促進を行うことで、2018年のシーズン終了後の利用率は20%弱まで増加しました。
左:Quick Ticketのチケット一覧 右:Quick Ticketのチケット券面
ここまで増加できたのは、Quick Ticketがブラウザベースのサービスだからだと考えています。アプリと違いダウンロードの必要もなく、誘われて観戦に行くという方でも簡単に利用できます。さらに、導入後のオペレーションも複雑にならなかったので、運営側としては助かっています。
MZ:電子チケットの利用者が増えると、そのデータも活用できそうですね。
その通りです。これまではファンクラブ会員のデータだけでしたが、Quick Ticket経由の観客に関するデータも把握できるようになりました。
また、電子チケット利用者に対するリアルタイムマーケティングにもチャレンジしています。
Quick TicketだとLINEでのチケット受け取りも可能なため、試合前日・当日・試合後とフェーズを分け、LINEの友だちにメッセージを送っています。試合前日には戦評や選手の話題を届け、来場した瞬間には感謝を伝えるとともに、当日の抽選イベントのご案内や、勝利した試合の来場者限定ビクトリーフォトなどを配信しました。
試合前日・当日・試合後で配信したLINEのメッセージ
ファンビジネスでやってはいけないこと
MZ:新しいマーケティングにも取り組めているんですね。しかし、紙のチケットが良いという方もいらっしゃると思いますが、そこはいかがでしょうか。
吉田:ご指摘の通り、窓口で購入できる選手デザインのチケットは人気が高く、コレクションされている方もいらっしゃると思います。ですので、紙のチケットも選択肢として残し、あくまでお客様の選択肢を増やすことを心がけています。
ここで紙チケットを廃止するのは、ファンの皆さまの選択肢を減らす内容ですので、絶対にやってはいけないと考えております。お客様と長くコミュニケーションを築く必要のあるファンビジネスでは、短期的な利便性の改善や企業都合ではなく、ファンの皆さまの気持ちを優先して考えることが大切であると考えております。
電子チケットに関しても、便利以外の付加価値を付けることで、ファンの方に「使いたい」と思っていただけるようにしたいです。直近では、各試合で電子チケットのデザインを変え、アーカイブ機能を付けるなどの取り組みを進めています。
MZ:その他、利用を促すためにどのような施策をしていますか。
吉田:「Quick Ticketのサービス手数料・無料キャンペーン」の成果が大きかったため、2019年シーズンは手数料0円で進めていく予定です。オフィシャルページでオンライン決済をされた方のQuick Ticket選択率を、30%以上にすることを今年の目標としています。多くの方が電子チケットを利用する状態とし、Quick Ticketやコネクテッドスタジアムの可能性を探り、新しい挑戦をしていくのが2019年の目標の一つです。
One to Oneでの情報発信を強化
MZ:最後に、今後の展望をお話しください。
吉田:まず、CRMの強化は引き続き行っていきます。ファンクラブ会員のデータに、Quick Ticket経由のデータが集まるほか、来シーズンよりチケット購入時には無料の会員登録が必要となるため、チケットに関するデータがより集まりやすくなります。お客様から頂いたデータをもとに、コミュニケーションを展開していきます。
その上で、今後取り組もうとしているのがOne to Oneでの情報発信です。私たちはNPS(Net Promoter Scoreの略)で顧客満足度を調査していますが、プロ野球は他業種と比べ、非常に推奨者が多いと言われています。
たとえ試合の成績が悪くても応援し続けていただける、プロ野球や応援を「生きがい」にしていただいている方もいらっしゃいます。私たちのビジネスは「好きだから応援したい」というファンに支えられているのです。
ファンクラブ会員に対するアプローチはCRMのおかげもあり好調で、平均来場回数も増えています。しかし、「試合へは行けないけれど、グッズは購入しています」というように、ライオンズを応援していただける方法は人それぞれ。ファンの皆さまそれぞれに最適な情報をお届けするOne to Oneでの情報発信は、ぜひ実現したいですね。