日本の教育を変える “EdTech(エドテック)” ~元・衆議院議員が挑戦する教育業界のデジタルトランスフォーメーション~
“EdTech(エドテック)“という言葉をご存じだろうか。
当然だが、「江戸テック」ではない。
「EdTech(エドテック)」とは、Education(教育)と Technology(科学技術)を組み合わせた造語で2010年頃にアメリカで生まれた言葉とされている。日本においても、今や政府が進める成長戦略に組み込まれており、学校教育の中枢である文部科学省のみならず、経済産業省や総務省も動きはじめ、国会議員によるエドテック推進議員連盟も立ち上げられている。
では、EdTechが日本の教育をどのように変えるのか──
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日本の教育の現状と「未来の教室」。エドテックの役割とは
安倍内閣による未来投資戦略の中で示されている、日本が目指す未来の社会システム「Society5.0」。
その実現においては、既存システムの変化はもちろん、未来を担う人材育成・教育の変化が必要とされている。事実、急速な経済成長を進める中国では、イノベーション人材の輩出に向けて、STEM教育を中心に据えた新しい学び方の早期普及が国家戦略として位置づけられている。教育は未来であり、国家戦略単位で語られるものだということに、異論はないはずだろう。
STEM教育とは・・・ 「Science」「Technology」「Engineering」「Mathematics」の4つの学問の頭文字を取った言葉で、科学・技術・工学・数学の教育分野を総称した言葉。 STEM教育は、これらの育成に力を注ぎ、IT社会とグローバル社会に適応した国際競争力を持った人材を多く生み出そうとする、21世紀型の教育システムとされている。 STEAM教育とは、これら4つに「Art」を加えて提唱された教育手法。 |
一方で私たち、そして子供たちを取り巻く「教育」はどうだろうか。私たちが思い浮かべる「学校」の原風景と現状に大きな差異はなく、近代日本の「教科(系統)主義」への偏りが色濃く残り、まだまだ「一斉型・画一型」中心となっているのも事実。
だがテクノロジーの進化とともに、時代の変化のスピードは年々加速する。「VUCA」という言葉に象徴されるように、未来社会は現在の延長線上には存在せず、現代社会においては不確実性を前提としながら未来を予測する姿勢が求められている。
そんな未来を生き抜くうえでは、現代日本教育の課題とされる「創造的な課題発見・解決力」の重要度がますます高まるに違いない。
「創造的な課題発見・解決力」を「教育」を通して育む。そんな未来を実現するための取り組み「未来の教室」をご存じだろうか。
経済産業省が中心となり「2030年ごろの普通の学び方」をデザインするべくプロジェクトで、2018年7月からEdTech研究会とともに実証事業を本格的にスタートしている。「未来の教室」は、学習者を中心として「4つの柱」により構成されている。
①教室空間(学校・塾など) ②学習内容(STEM教育・各教科単元など) ③先生(教員・企業など) ④EdTech(AI・講義動画など) |
「未来の教室」が目指すのは「学習者」を起点とした教育システムの構築。学びの生産性を最大化させることで、日本の教育が抱える課題解決に繋がると、多くの教育関係者からの期待も大きい。
既存の教育の良さを生かしながら、学習者一人一人の課題によりフォーカスする上で、学習の「パーソナライズ化」実現のための心強い武器となるデジタルテクノロジーこそが「エドテック」であり、未来の日本の教育の一翼を担う大きな役割だ。
そんなエドテックを通して、「教育業界のデジタルトランスフォーメーション」をトランスコスモスの中で推進する男がいる。それが高山 智司(たかやま さとし)だ。
高山とエドテックの出逢い。オースティンで見た光景
トランスコスモスの中でも異色のキャリアを持つ高山
トランスコスモスの公共政策部に属する高山。
1970年東京都文京区生まれの48歳。とにかく日夜問わず走り回るこの男、そのバイタリティは底知れず。まず何よりも目を引くのは「元・衆議院議員」という経歴だろう。衆議院議員を3期経験し、環境省・内閣府大臣政務官 ・衆議院財務金融委員会理事など、日本の中枢である霞ヶ関・永田町で予算編成に15年以上携わっていた。
そんな高山がなぜ「教育」なのか。その情熱の源泉は何なのか。
それは一人の「父親」としてのものだった。
高山が教育について深く考えるようになったのは議員時代。自分の子供の未来に想いを馳せた時、IB(インターナショナルバカロレア)教育と出会い感銘を受ける。
IB教育は1968年にディプロマが設立され、国連憲章を主体としながら「全人化教育」を目指し、グローバル人材を育てる教育。「当時は日本に19校しかなかった」と振り返るが、そのIB指定校を200校に増やすプロジェクトを国会で推進した。
多様な価値観、一人一人の個に合わせた教育を提供するIB教育に惹かれる一方、そのハードルの高さも身に染みたという。教師対生徒が「一対多」の関係である以上、各人に合わせた教育を提供することは現実的に難しく、実現のためには必然的に様々なコストがかかる。勿論教育を受ける側には金銭的にも負担が大きい。もっと多くの人にそのような教育を受けてもらうためにどうすればよいのか。
そのためには、誰もが教育に携われて、様々な情報や手法を取り入れることが出来る状態を目指さなければいけない。教育の「民主化」が必要だと高山は感じていた。
ちょうど時として、財務金融委員会理事時代、Paypalが日本に上陸し衝撃を受けた。金融機関でないPayPalという存在は既存の金融システムをテクノロジーで「民主化」するものであり、その可能性を高山は身をもって知ったのだった。
高山の中で、教育に対する課題感と、既存の枠組みを破壊するテクノロジーの存在が結び付いた。
「テクノロジーを活用すれば、教育も民主化できるんじゃないか」──
時として、選挙に敗れ永田町からフィールドを移すことになった高山は「自分自身、ITが弱かった」ということもあり、デジタルハリウッド大学に通う。そこで佐藤昌宏教授と出逢う。佐藤氏は2009年頃から、デジタルハリウッド大学大学院でエドテックの研究や実践に取り組んできた日本のエドテック第一人者。そんな運命的な出逢いに吸い寄せられるように高山も活動に取り組み始める。
2017年、佐藤氏とともに、高山はテキサス州オースティンで行われる祭典SXSW Edu(サウス・バイ・サウスウエスト・イー・ディー・ユー)に参加する。そこで見た光景に衝撃を受けた。AdobeやGoogleといった日本でもビジネスパーソンには馴染みのある企業が「子供用のツール」を開発するのではなく、「子供でも使える」状態になっていることを肌で感じた。
勿論、「子供用に最適化」されたソリューションは重要である。一方で、学校を「社会人になるための準備をする場所」として捉えるのであれば、実際の社会で使われているソフトを活用していくことも重要だ。
教育業界にもデジタルトランスフォーメーションが進めば「エドテック」は当たり前のものになる。SXSW Eduで見た世界は「エドテック」を学ぶどころか、もはや一過性のコトバが流行するフェーズではないということ。教育業界のデジタルトランスフォーメーションが進んだ結果「エドテック」がインフラとして整備されつつある姿だった。日本よりも一歩も二歩も先を進む世界を目の当たりにした。
日本版SXSW Eduの実現へ。「Edvation x Summit」の開催
2018年11月4日・5日に開催された「Edvation x Summit 2018」
そこで佐藤氏とともに、日本版SXSW Eduを目指すべく「Edvation x Summit」を2017年に初開催。2018年11月には2回目が開催された。学校関係者に参加してもらいたいという想いから、日曜・月曜に開催され、2日間合計の来場者数は2,500名を超えた。
このイベントの目的は2つあると佐藤氏はいう。
1つが「新しい教育の選択肢を知ってもらう」こと。
実際に、キーノートやパネルディスカッション、ワークショップなど、70弱のコンテンツと100人以上のスピーカーが登壇し、国内外での実際の教育現場でのテクノロジー活用事例が多く発表された。
バリエーション豊かなセッションに多くの教育者が参加した
そして、もう1つが「教育イノベーターを増やすこと」だ。こうしたイベントを通して、新たな刺激やネットワークが生まれ、教育業界にもデジタルトランスフォーメーションが必要だと知り、変革をもたらすイノベーターが増えることが期待される。その起爆剤となるエドテックの盛り上がりを感じさせるイベントとなった。
また、ユニークな取り組みとして、教育現場での実践や取り組みを参加者に肌で感じてもらうために、⼯藤勇⼀校⻑の元で先進的な教育を続ける麹町中学校をワークショップ会場とする協力を得た。イベント開催期間中の月曜日には、生徒たちもカンファレンスやワークショップに参加し国内外の最新事例に触れていた。多くの参加者たちがエドテックイベントとリアルの教育現場が溶け合う瞬間を目の当たりにして、新しい学びのカタチの可能性を感じたことだろう。
「世界で一番EdTech本が並ぶ書店」と高山の想い
そのイベント中、事務局としてイベント運営に奔走した高山は、自らの発案で「世界で一番EdTech本が並ぶ書店」というコーナーを手掛けた。
連日大盛況となった、高山が店長を務める「世界で一番EdTech本が並ぶ書店」
イベント登壇者の著作や教育関連書籍を集め、アナログなPOP形式での書籍レビューに加えQRコードを設けてAmazon経由で販売するという、リアル×デジタルを活用した販売スタイルの書店。教育関係者にとって新鮮に映ったであろうそのスペースに、多くの来場者が足を止めていたのが印象的であった。
なぜ高山は書店をはじめたのか?
この取り組みを通して、教育に携わる人たちの「コミュニティ」を創ることを目指しているという。日本の教育を変えようという熱量を持った人間が、書店という「場」を通して集まり、ディスカッションを交わす。教育談義を促しイノベーションを発芽させる。書店はあくまでその仕掛けとなるもの。その言葉の通り、「世界で一番EdTech本が並ぶ書店」は単なる物販目的の本屋でなく、トークイベントを主催するなど、継続的に精力的な活動を行っている。
登壇内容に興味を持てば、その著作をすぐにAmazonで購入することが出来る
エドテックを通して教育業界が抱える課題と日々向き合う高山だが「学校の校務はアウトソースできる部分が大いにある」と言う。
企業では既に一般的であるBPO。ましてや現在はデジタルトランスフォーメーションが進み、AIやロボティクスを活用したデジタルBPO、業務効率化も当たり前の時代。高山は「テクノロジーの活用や、外部にアウトソースして業務を効率化し、人間が本来注力すべき部分に注力してほしい」と言う。ましてや子供たちの未来に大きくかかわる「教育」となると、人間にしか教えられないことは多い。教師がそこに注力できるようにサポートしたい。
教育業界のデジタルトランスフォーメーション、そしてエドテックを通して、子供たちの未来により良い教育を提供する。高山は、そんな大きな目標を掲げている。
もちろん学習者だけでなく、教育現場で抱える問題は複雑化し、教育者には様々な壁が立ちはだかる。それを知る高山は「何でも相談してほしい。『デジタル総合商社』であるトランスコスモスなら、あらゆる課題に対して最適なソリューションを提案することが出来る」と言う。その想いとともに、多くの教育関係者の悩みを吸い上げるため、今日も現場に足を運び続ける。
教育業界のイノベーションのもと、同じ志を持つ仲間が集まった
かつての「学び」の場は、学校や塾を中心に限られていた。だが時代の変化とともに私たちの生活も変化し、学び方は変化している。子供たちの環境は変化し続ける。それを取り巻く学習環境はどうか──
エドテックによりすべての問題が解決することはないだろう。だが、より良い未来に向けて今よりも確実に前に進むことは間違いない。
教育業界のデジタルトランスフォーメーションに向けて高山は今日も走り続ける。
エドテックが日本の教育をアップデートする仕掛けとなり、いつか「エドテック」と言う言葉自体が当たり前となる時代が来るだろう。
オースティンで見たあの景色のように──