
次世代コンタクトセンターの世界~第2章:ヒト・AI ・感情が融合したコンタクトセンター管理の未来像
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野田 健一
DEC統括 |
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音声認識ソリューション「transpeech」とは
トランスコスモスは、2018年にコールセンターにおける音声認識ソリューション「transpeech(トランスピーチ)」を発表しました。「Trans(超える)+Speech(音声認識システム)」というサービス名に込めた由来は、システムを超えてコンタクトセンターの本質的な価値を創出するというものです。
「transpeech」は、ベースになる音声認識システムそのものはAmiVoiceを活用しています。そこにBIツール「tableau」によるダッシュボードやpythonでプログラミングした独自アルゴリズムなども組み合わせているのが特徴です。最近のアップグレードでは新機能「感情解析機能」を搭載し、発話者の感情を分析した新しい評価項目を活用することができるようになりました。
この「transpeech」ですが、おかげさまで大変好評をいただき、2019年時点で当初の予測を大幅に上回る1500席(300%伸長)に迫る勢いで導入が進んでいます。トランスコスモス社内でも、リスクマネジメントや品質管理、コスト削減などの業務効率化と付加価値の創出の両面で効果を発揮しており、1年経たずに約3000万円の事業インパクトを創出しています。また、かなり細かく分類した業界別に「transpeech」の標準認識率を一覧化することにも成功し、導入時のベンチマーク指標を得るなどナレッジ蓄積も進んでいます。
本稿では、トランスコスモスがこのような音声認識の活用になぜ積極的に取り組んでいるのか、そしてこれらの技術が今後どこに向かおうとしているのかを解説します。
未来に迫る人材獲得競争と品質管理の発想転換
第1章にもあるように、いまコンタクトセンターは「超」人材不足時代を迎え、生き残りを賭けた人材獲得競争に直面しています。その結果、現場は多くの課題を抱え込むことになります。例えば、
- 女性やシニアの獲得に向けた新たな働き方を提案するとしても、現業の社員との兼ね合い(就労時間・給与・福利厚生)で発生する問題にどう対処するか?
- 物理的に離れたクラウドワーカーや月間総時間コミット型の在宅ワーカーを活用する際に、その品質管理はやシフト管理をどうやって行えばよいか?
- 外国人や障がい者など、そもそも「雇用」が障壁となっているグループとの向き合い方をどう変えるか
など、これらの問題は少し考えただけでも、実務的に非常にハードルの高い問題です。
しかし、そうした課題を乗り越え、人材獲得競争で勝ち抜くには、労働者から選ばれる企業になる必要があります。「働きたい!」と思ってもらうために安心感を形成する必要があるのです。
そのためには、「自分にこなせるか?」「スキルが足りるか?」「手厚くフォローしてくれるか?」といった業務の不安と、「不意の事態があっても継続して働けるか?」「時間や場所に制約があっても働けるか?」といった働き方の不安を和らげるための仕組みが求められるのです。
トランスコスモスでは、そうした労働環境の変化に応えるためのコンタクトセンターの10年後のグランドデザインとして、図1のような「ハイブリッドバーチャルセンター」構想を掲げています。
図1:業務への不安と働き方への不安を和らげる、ハイブリッドバーチャルセンター
人材や働き方が多様化すると、世代や文化のギャップによりさまざまな問題が発生するでしょう。そのため、応対品質管理の問題は、ますます重要かつ困難になることが予期されます。
そこでトランスコスモスでは、AIやRPAなどの最新テクノロジーを活用し、管理業務や品質保障を効率化できないかというアプローチを採っています。具体的には、従来のSV業務の一部をAI化し、いわば「AI SV」がオペレーターの日常ケアと品質の保証を行う仕組みを構築するというものです。そして音声認識・感情解析のテクノロジーは、この「AI SV」とハイブリッドバーチャルセンター構想の実現に欠かせない技術となっています。
応対品質管理のためのAI自動採点システム
ここから、トランスコスモスの音声認識・感情解析への取り組みをいくつかご紹介します。図2は、音声認識・感情解析を活用した応対品質管理のイメージです。
図2:応対品質管理のためAI自動採点システムイメージ
このAI自動採点システムのコンセプトは、3つの視点で品質保証を行うというものです。
① AIのモニタリング:音声認識と機械学習で会話をトータルチェック
自動で全通話の「挨拶・お礼などの基本動作」「スクリプト通りに案内したか」というマナー・ルールの遵守の観点からチェックし、AIが回答品質を保証します。
② 感情のモニタリング:感情解析で顧客のココロとオペレーターのコンディションをチェック
顧客の期待を引き出せているか?不安はないか?心のこもった感謝をいただいているか?という心理・情緒面の観点からチェックし、思いやりと共感を保証します。
③ ヒトのモニタリング:長年蓄積したコンタクトセンター運用ノウハウに基づき、音声表現をチェック
「心地よさ」「声の明瞭さ」「間」など、現状のAIでは対応しきれない評価項目についてチェックし、ヒトならではの強みと温かみを活かした応対品質を保証します。
トランスコスモスでは、AIとヒトをバランスよく組み合わせることで、これら3つの視点の融合を可能にし、最適な応対品質の維持・向上を目指しています。図3は、金融業/ローン受付窓口のインバウンドセンターにおいて、全件チェック業務の効率化に音声認識を活用し、生産性を大幅に改善した事例です。
図3:金融業/ローン受付窓口のインバウンドセンターにおける、全件チェック業務の効率化事例
セールス獲得最大化に向けた感情解析の活用
もう少し未来に向けた先進的な取り組みもご紹介しましょう。
現在、トランスコスモスでは「感情解析」で得られるデータの活用法として、(1)CS / NPS®の代替、(2)顧客期待値コントロール、(3)モチベーション / トラブル予測、(4)セールス獲得最大化という4つのテーマを掲げています。
このうち(4)セールス獲得最大化のソリューション開発の取り組みについてですが、これはとある製造業のコールセンターの事業所において、インバウンドセールス/インサイドセールスのために感情認識を活用した事例が原点となっています。
この事業所では、製品問い合わせ・修理相談・修理受付のインバウンド対応時に、買い替えやクロスセルのセールストークを実施していましたが、目標の受注獲得数に対してオペレーターの成績が伸び悩んでいました。というのも、受注獲得のためにすべての入電にセールストークを実施すると、通話時間が長引き受電総数が減ってしまうというジレンマを抱えていたからです。
また、セールス対象を絞り込みたくても、どんな人がセールスに成功しやすいか分からず、セールスを躊躇しがちなオペレーターもいるため、どうしても人によってインバウンドセールスの実施率にムラがありました。
そこで、感情解析の登場です。入電対応業務中に感情解析のデータから、インバウンドセールスの「成功確率が高い人」をリアルタイムで見つけ出し、確実にセールスを仕掛けられないかという着想から開発プロジェクトが始まりました。
具体的には「成功しやすい人」の特徴を捉えるための感情データ分析を行いました。全43感情 × 100,000発話の4,300,000データを抽出・加工し、それらのデータの統計量を算出し、集計表を見ながら仮説検証を繰り返しブラッシュアップするという作業を重ねました。
その結果、6項目の感情スコア(不快・後悔・悲しみ・喜び・エネルギッシュ・感情的)について、インバウンドセールスの成功に関連していると統計的にみなしても良い有意な差があることを発見しました。これを図4のように「顧客の成功トリガー6感情」として位置づけ、独自のソリューション開発につなげました。
図4:音声認識・感情解析から導き出した「顧客の成功トリガー6感情」
応対品質管理に向けたAI・自動化技術の活用
もうひとつ、「AIディフェンダー」という応対品質管理のための取り組みをご紹介します。
図5にあるように、「AIディフェンダー」はオペレーターが「必ず言わなくてはならないトーク」を高速・高精度チェックするトランスコスモス独自開発のAIです。
図5:音声認識で「必ず言わなくてはならないトーク」を高速・高精度チェック
「AIディフェンダー」を活用することで、トーク文章評価、管理者工数の適正化、誤案内リスクの予防などが可能になり、聞き起こし(音声のテキスト化)業務にかかる処理を約98%削減できます。しかも、単語ではなく「文章」レベルで判定可能なため、音声認識システムを使う以上は技術的に避けられない誤認識の揺れも吸収できます。
また、コールセンターの現場で熟練を重ねた人材の知見を最新技術で仕組化し、高精度なAIにチューニングすることに成功しました。そのため、ワンクリックで99%と人間並みかそれ以上の高精度で評価ができます。
さらに、以下のような3つの自動化ツールの開発により、圧倒的な作業時間の削減効果を生み出しています。
- 「データ下処理」の自動化(AIに投入する前段階のデータ下処理工程を自動化)
- 「AI予測」の自動化(不慣れなツール操作を省略して簡易に利用できるよう予測業務を自動化)
- 「結果集計」の自動化(予測後のデータを即時活用できるよう集計作業を自動化)
音声認識・感情解析の活用で最も大事なことと大変だったこと
最後に、以上のような音声認識・感情解析活用の取り組みを通じて日々感じていることをお伝えします。
コールセンターにおける音声認識・感情解析を含むAI活用で最も重要なことは、分析後のアクションを見失わない判断力なのではないかと考えます。
トランスコスモスではアクションにつながらないAI・アルゴリズム開発には意味がなく、現場改善のインパクトを重視した課題設定や分析設計こそが肝要であるという姿勢を心掛けています。こうした現場密着型のAI開発はデータサイエンティストなどの「分析屋」だけではできないことで、むしろ彼らに任せきりにてしまうと間違った方向に進みかねません。
AIやデータと聞くとコールセンターの現場の日常からは遠いもののように感じる人も多いかもしれませんが、むしろ現場のメンバーが当事者意識を持って取り組み、現場の課題解決につながるように、プロジェクトを然るべき方向へ導けるかどうかが成否を分けるのだと感じています。
一方で、最も大変だったことは、大量データのハンドリングでした。膨大なビッグデータを処理するための専門技術や分析知識が求められます。しかし、技術や知識以上に必要なのは、アノテーションとよばれる分析前の処理作業をやりきる「根気」でした。
トランスコスモスのデータサイエンティストが、「データ分析にマジックはない。あるのはヒトの英知と努力の結晶だ」という言葉を常日頃から言っているのですが、それを痛感しています。
次世代のコンタクトセンターづくりにあたっては、AIという言葉や雰囲気だけの概念に振り回されず、具体的な作業に落として現場で地道に取り組む姿勢が大事なのだと思います。
「transpeech」の開発プロジェクトは多くの皆さまにご協力いただき、このように大好評をいただくところまで来ましたが、一方でサービスとしてはまだ改善余地が多くあります。これからもお客様企業や現場からのリクエストやご相談を真摯にお受けし、一歩先のご要望に常にお応えし続けたいと思っています。
第3章はこちらから!
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