【コミュ調2021 徹底解説】後編:「おもてなし」ではなく「手間なし」体験をデジタルで創る
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顧客ロイヤルティとデジタル技術
「中編」では、チャネルの垣根を超えた改善活動やVOC活用のためには、従来の「ファネル型」の縦割り組織から「統合運用型」組織へ移行すべきであるという「新常識」を確認しました。
とはいえ、組織体制を変更しただけでは、顧客体験(CX)も企業収益も向上しません。企業がCXの改善を図る理由は様々ですが、基本的には「顧客ロイヤルティ」の向上が主たる目的です。自社の商品・サービスについて高い満足を感じてもらえる体験を消費者に提供し、愛着や信頼感を高めることで、より長期的かつ安定的な収益向上につながるからです。
消費者コミュニケーションにおけるDX(Digital Transformation|デジタルトランスフォーメーション)とは、顧客ロイヤルティを向上させるための取り組みであり、デジタル技術はそのために有効活用されるべきなのです。
では、具体的にどのようなCXを提供することが顧客ロイヤルティの向上につながるのでしょうか?そして、そのためには、デジタル技術をどのように活用すればよいのでしょうか?
顧客ロイヤルティを低下させる「手間・負担」
まずは、顧客ロイヤルティが悪化する原因となるCXから見ていましょう。
図1は、前回のコミュ調2020(https://www.trans-cosmos.co.jp/data/2020dec/)で掲載した「解決窓口満足度」と「総合満足度」のギャップを示す図です。
図1:「解決窓口満足度」と「総合満足度」
解決窓口満足度とは、複数のチャネルを経た後、最終的な問題解決に至ったチャネル単体の満足度のことです。最後に問題を解決してくれたチャネルの満足度のため、高評価になりがちです。
一方、総合満足度は、複数のチャネルをまたいだプロセス全体を俯瞰して評価した満足度を指しています。そのため、解決窓口満足度と比べて評価が低下する傾向にあります。現に、コミュ調2020の調査結果では21ptも目減りしています。
この総合満足度が目減りする原因を調査した結果が図2です。「解決に時間がかかる」や「探しにくい」、「たらい回し・同じ作業の反復」といった、チャネルをまたぐときに生じる「手間・負担」に関するCXが主な原因となっています。
図2:総合満足度が低下する原因
さらに、今回のコミュ調2021でも顧客ロイヤルティ(継続利用)に影響を与えるCXを調査しました。図3は、それを「良い体験」と「悪い体験」に分類したもので、やはり「解決時間」「たらい回し・反復行動」「分かりやすさ」といった「手間・負担」に関するCXが、顧客ロイヤルティに強く影響していることが分かります。
図3:継続利用への影響が高いCX
これらを踏まえると、消費者がなるべく「手間なし」と感じるようなCXを提供することが、顧客ロイヤルティの向上にとって重要といえるのです。
「おもてなし」より「手間なし」体験を創り出せ
一般的に顧客ロイヤルティの向上には、消費者の期待を上回る感動的なサービスが必要だといわれています。日本では主に店舗接客やコールセンターにおいて「おもてなし」などの概念で知られています。
確かに感動的な「おもてなし」体験の提供は、顧客ロイヤルティの向上につながります。しかしながら、マシュー・ディクソンらの著作『おもてなし幻想 デジタル時代の顧客満足と収益の関係』で述べられているように、感動体験に対する過度な信奉は危険です。
図4は、問題解決時の具体的な体験を「おもてなし体験(●)」と「ストレス体験(▲)」に分け、「継続利用への影響度」と「遭遇頻度」の2軸でプロットしたものです。
図4:問題解決時の体験
(継続利用への影響度×遭遇頻度)
右上に行くほど「遭遇頻度が多く、継続利用につながりやすい体験」を意味し、「ストレス体験(▲)」が多くなります。これは消費者にとって、日常で実際に遭遇することの多い「素早い・分かりやすい」といった「手間なし」体験が、「おもてなし」体験よりも重んじられていることを意味します。
逆に、左下に行くほど「遭遇頻度が少なく、継続利用につながらない体験」を意味し、「おもてなし体験(●)」が多くなります。これは、「期待以上の感動対応」や「提供情報に新たな発見」などの感動体験を、企業が多くのコストを費やして提供しても、その恩恵を感じる消費者が少ないということ。さらに、継続利用にもつながりにくいため、コストパフォーマンスが悪いことを意味しています。
しかも、消費者が最も重視しているCXが「おもてなし」体験だとは限りません。消費者は「おもてなし」と「手間なし」のどちらをより重視しているのか、ダイレクトに訊ねてみました。図5はその調査結果で、ストレスや負担感のない対応・解決をしてくれる、すなわち「手間なし」体験をより重視するという消費者は70%を超え、圧倒的な多数派となりました。
図5:「おもてなし」と「手間なし」
どちらがより重要か?
以上から、より多くの消費者ニーズに応え、顧客ロイヤルティの向上につなげるためには、「おもてなし幻想」に囚われず「手間なし」体験を提供するほうが合理的だと考えられます。そしてデジタル技術は、このような「手間なし」体験を実現する場面でこそ、その威力を発揮します。
「手間なし」体験を実現するデジタル技術
ここからは、「手間なし」体験を実現する、デジタル技術を活用したDX施策の具体例を紹介しましょう。
●DX施策例①:FAQ検索機能
Web検索はプロモーションだけでなく、カスタマーサポートの局面においても重要な起点となります(「中編」を参照)。
ここでは、図6のような「FAQ検索機能」が有効です。
図6:「FAQ検索機能」イメージと利用意向
FAQ検索機能は、消費者が商品の疑問点などをWeb検索した際、検索結果ページ上位に回答が掲載され、検索結果画面からわざわざ公式サイトのトップページに遷移しなくとも、FAQに直接アクセスできる技術です。
この機能により、何度もクリックしサイト内を回遊する状況を避けて、「手間なし」体験を実現するわけです。調査結果によると、消費者の78%がこの機能を「利用したい」と回答しています
●DX施策例②:ハイブリッドサポート
チャットボットは自己解決を促すのに有効な手段ですが、高度・複雑な問題解決には限界があり、対人解決がどうしても必要になる場面があります。
現に、消費者の91%はチャットボットで問題が解決できなかった場合、対人解決チャネルの利用を望んでいます。その消費者ニーズに応えるためには、図7の「ハイブリッドサポート」が有効となります。
図7:「ハイブリッドサポート」イメージ
この技術を活用すれば、チャットボットで解決できなかった場合、有人チャットやコールセンターなどの対人解決チャネルへのシームレスな誘導が可能になります。その結果、消費者が別のチャネルを検索したり、探す手間・負担を軽減させることができます。
●DX施策例③:データ連携機能
たらい回しに伴う繰り返し説明などの反復行動は、消費者に強い手間・負担を感じさせます。
ここで図8の「データ連携機能」が有効となります。
図8:「データ連携機能」イメージと利用意向
消費者が直前まで閲覧していたFAQの内容やチャットボットに質問したログデータ、過去の問合せ履歴を別の対人解決チャネルの担当者にも共有することで、その情報を確認しながら的確な対応が可能になります。
消費者にとっては、何度も同じ説明を繰り返す無駄を未然に防ぐメリットがあります。この種のデータ連携機能は消費者が警戒する可能性もありますが、しっかりとパーミッションを取ることを前提とすれば、実に消費者の83%が「利用したい」と考えています。
これらのDX施策は、消費者コミュニケーションの「チャネル間連携」を実現する技術です。
デジタル化によってはじめて、チャネルの垣根を超えたシームレスなコミュニケーションやデータ連携が可能になり、顧客ロイヤルティ向上に必要な「手間なし」体験を実現できるのです。
DX推進の新常識 その③
「時間がかかる」「たらい回し・反復行動」「分かりにくい」などの手間・負担を強いるCXは、顧客ロイヤルティの低下につながります。
顧客ロイヤルティ向上のために「おもてなし」体験を提供しようと尽力するよりも、デジタル技術を活用して、チャネル間連携を促進する「手間なし」体験を提供する取り組みのほうが、はるかに合理的で現代的なのです。
「新常識」 その③ |
消費者は感動的な「おもてなし」体験よりも、日常的な「手間なし」体験をより重視している。
デジタル技術は、チャネルをまたぐ際に生じる手間・負担を軽減することにこそ、その真価を発揮する。
シームレスな「手間なし」体験を創り出すために、
デジタル技術を駆使しよう。
さいごに
全3回の連載記事を通じて、消費者と企業のコミュニケーション実態調査2021を読み解いてきました。本連載の冒頭で述べたように、「チャットボットを導入したが、利用されず効果が出ない」といった失敗が起こる原因は、技術論が先行するあまり消費者視点が欠落してしまうことに起因すると考えられます。
企業都合だけで、リアルチャネルを単にデジタルチャネルに置き換えても、消費者が利用してくれるわけではありません。現在の消費者はデジタル一辺倒ではなく、マルチチャネルの使い分けを前提としています。情報取集や問題解決のあらゆる局面で、まずはWeb検索を行って公式サイトやFAQで自己解決を図り、自己解決できない場合に、電話などの対人解決チャネルを頼ることになります。
ここでWeb検索時の導線やコンテンツに不備があったり、「時間がかかる」「たらい回し・反復行動」「分かりにくい」などの手間・負担を感じるCXを提供してしまうと、顧客ロイヤルティが大きく悪化します。
ゆえに、企業はTPOに応じて最適なチャネルを推奨・誘導し、Web検索・導線の改善やデータ共有などにより、消費者が求めるシームレスな「手間なし」体験を創り出す必要があります。デジタル技術はそのようなチャネル間連携のためにこそ活用すべきであり、そこで真価を発揮できるのです。
しかしながら、デジタル技術を活用したDX施策により「手間なし」体験を提供するためには、従来のような企業視点に立った「ファネル型」の縦割り組織では限界があります。そもそもDX推進施策は、プロモーション部門やカスタマーサポート部門など、マーケティングファネルのどこか特定の局面だけで展開するものではありません。
プロモーション領域に偏って導入しても「購入するまではスムーズだったけど、購入後の問合せ対応は最悪」といった悪評が立ち、かえって顧客ロイヤルティが低下する事態にもなりかねません。
顧客ロイヤルティを向上させたいのであれば、より円滑なチャネル間連携が可能な「統合運用型」組織に移行し、組織間の役割分担や人材配置を見直し、CXのプロセス全体を最適化する必要があります。「統合運用型」組織ならば、デジタル技術の導入費用や運用体制を共同化することで二重投資も避けられますし、消費者から見ても統一されたインターフェースでサービスを利用できることにもつながります。
デジタル技術の導入は、顧客ロイヤルティを向上させるための手段に過ぎません。改めて「消費者視点」に立ち返り、真のニーズである「手間なし」体験を提供すること。そして何よりも、それらを達成するために、今まで当たり前だと思っていた組織のあり方の見直しまで踏み込むこと。これらが今、DX推進に求められる「新常識」なのです。
本連載は以上となりますが、今回ご紹介した3つの「新常識」がみなさまの消費者インサイトを深め、DX推進の方向性や組織体制の在り方を考えるきっかけとなれば幸いです。